働きはじめた感想

アムステルダム大学にいたとき、Life after ILLCという、卒業生を招いた講演会があった。ILLCは、論理学者がたくさんいるところで、修士や博士をとろうとしている学生たちが、根を詰めて論理のことをやっているのであった。講演会の意図は、そういう学生たちに、世の中には論理学以外のこともあるのだぞと見せることのように思われた。卒業生たちは、コンサルティング会社で病院の仕事をしていてその病院にうつって管理のようなことをしている人とか、つまと一緒に住めるポスドクの口を探して街から街へうつっている人とか、起業したひととか、いろいろであった。

最も印象に残っているのは、Philipsの研究所に就職した人の話だった。他の人の話は具体的で、どんな仕事をしたとか論理学を学んでいたときと何が違ったとかロジックをやったから大丈夫ですと言ったら面接を通ったとか、そういう話であった。しかしこのPhilipsの人の話は、スライドに字が無くて、抽象画がぽんと貼ってあって、一枚すすむたびに十秒ほど沈黙して、気分を語るのだった。新しい環境に向かう不安であるとか、飛び込んでみると案外あっけなくて、あれこれでいいのかなと思ったりとか。少しは具体的なことも話してくれて、Philipsに就職したのは、学生時代にたまたまdescription logicをやっていて、当時Philipsがそれを使ったデータベースかなにか作ろうとしていたらしいからだけど、入ってからは全然その手の仕事はしなかったとか、仕事の目標の選択肢はあまり無くてそれを嫌がっている人もいるとか。

研究職ではあるが大学ではないところに飛び込んでみて、最初のごたごたが落ち着いてきて、新しい日常が回りはじめたときに、あれこれでいいのかなという感じは、なるほどわかる。それで寝床から抜けだしてこんな文章を書きはじめてしまった。この研究者の名前はもう思い出せないが(記録をひっくりかえしたり、知り合いに聞いてみればわかるが)、あの落ち着いて話している姿はありありと覚えている。これは、ここだけのことではないのだ。